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上廣・カーネギー・オックスフォード倫理会議 2004年度   (English)


 今年度の上廣・カーネギー・オックスフォード倫理会議は、ニューヨークのメリル・ハウスで行われました。ノーベル賞受賞者ジェームズ・ワトソン教授の基調講演など、日米英の著名な研究者が会議のテーマ「生命科学における倫理的課題」を基に2日間の活発な議論が展開されました。


<会議報告>
                (東京大学大学院人文社会系研究科 島薗進教授会議要約報告の抜粋)
 2004年11月18,19日の両日、ニューヨークのカーネギー倫理財団で行われた上廣倫理財団、オックスフォード大学、カーネギー倫理財団共催の研究会議、
「倫理にかなった人間性の改善は可能か?」(How Can Human Nature Be Ethically Improved?)は、上記の問題、すなわち心身増強の是非やその限界という問題を引き継ぎつつ、とくに「人間性」の概念と結びつけて展開しようとしたものである。基調講演の話者は、DNAの二重螺旋構造を発見してノーベル賞を得たジェイムズ・ワトソンと、徹底した功利主義的生命倫理学者として知られるピーター・シンガーであり、ともに心身増強を強く支持する立場を提示した。
 コーディネータであるジュリアン・サヴァレスキュの他、イギリスからはジョナサン・グラヴァー、ニック・ボストロームが参加した。サヴァレスキュとボストロームは科学畑から生命倫理研究に転じた人である。アメリカからは早い段階から心身増強の議論に積極的に関わってきた、ダニエル・ウィクラー、エリック・ジュングスト、エリック・ペイランス、ダン・ブロックらの生命倫理学者が加わった。また、現代アメリカの生命倫理の代表的な論客として知られるアーサー・カプラン、経済学畑のロビン・ハンソン、うつ病の特効薬、プロザックの広い効用についてベストセラーを著した精神科医、ピーター・クレイマーらとともに、ブッシュ大統領の生命倫理委員会のメンバーでもある、哲学者のマイケル・サンデルも加わった。心身増強の概念の洗練に貢献したノーマン・ダニエルスは論文提出による参加であった。日本からは法学者の位田隆一(京都大学教授)と筆者(島薗進東京大学教授)が報告を行った。
 ジェームズ・ワトソンは優生学に好意的な発言を行ってきた科学者として知られているが、この会議でも、優生学の歴史について述べつつ、遺伝子研究と優生学とは不可分の関係にあるとの前提に立って、現代の生命倫理論題に対する彼の見解を述べた。知性の劣った人々が社会のお荷物になることが問題であるとの主旨について語ったワトソンに対して、アメリカやイギリスの多くの学者は、強い異議を唱えようとしなかった。これは高齢のノーベル賞受賞者に対する敬意によるものなのか、この会議の参加者の考え方の傾向を反映するものであるのだろうか。どちらの理由も関わっていると思われるが、参加者の大半が心身増強の是認に傾いていたことは否定できないところである。先端医療推進の声が多数派だったと言ってよい。
 しかし、心身増強に対する批判論、慎重論が少なかったといっても、その論点が弱いものだったということにはならない。推進論の立場からの報告は論争的なものが多かったが、それは実質的な論点が力強いものだったということを意味するものとは限らない。この度の会議で取り上げられた論題は、知的な能力の増強の問題、スポーツにおける身体能力増強の問題、遺伝子診断による産み分けの問題、慎重論を欺瞞的なものとして欺瞞の理由を問うものなどに及び、現段階での心身増強をめぐる世界的な討議の広がりをある程度、映し出すものとなっている。しかし、問題の深い層に届き、将来の討議に影響を及ぼすような報告は必ずしも多くはなかった。
 中で推進論に立場に立ちながら、実質的な内容のある新しい論点を提示していたのは、基調講演者のピーター・シンガーである。シンガーは着床前診断が進み、デザイナー・ベイビーの展望が開けてくるのは間近いと見て、完全な自由放任は現実的ではないと論じる。その周到ぶりは、サヴァレスキュやカプランなどのあけっぴろげな楽観論とは質を異にするものである。個人のエゴに任せた心身増強には、健全な社会生活を脅かす可能性があるものが含まれざるをえない。また、一部の人々が心身増強を行うことによって、社会的な不平等の拡大が帰結することは避けられそうにない。とすれば、何らかの規制が必要になると思われるが、では、どのような規制が現実的か。
 シンガーは厳しい国際経済競争の条件の下では、グローバルな規制は現実的ではないという。たとえばシンガポールのような小国が規制に従わず、グローバルな規制に穴があいてしまう可能性が高い。事実、すでにシンガポールでは知的に優秀な大学卒業者にもっと子供を産むように、インセンティブを高めるような政策が進められているではないかとシンガーは言う。そうであるとすれば、むしろ、現在、各国が多大な国費を投入して教育に力を入れ、人材の開発にしのぎを削っているように、それぞれの国がそれぞれの国の実情に合わせて心身増強を行い、生命科学的・先端医療的手段を使って、優秀な人材を産み、育てようと競争する世界状況を想定する方が現実的だと論じられる。
だが、このような事態の展開は、社会の中に心身増強の益を受けることができる階層とそうでない階層との間の分裂を生じさせる可能性が高い。リー・M・シルヴァーが『複製されるヒト』(翔泳社、1998年)(Lee M. Silver, Remaking Eden: How Genetic Engineering and Cloning Will Transform the American Family, Avon Books, 1997) において提起して大きな反響をよんだように、遺伝子操作などの心身増強技術の恩恵を受けて能力的に豊かになった「ジーンリッチ」の人々と、そのような恩恵を受ける可能性をもたない「ナチュラル」の両階層に人類が分裂してしまうかもしれない。これに対する是正措置として、シンガーはメールマンとボトキン(Mehlman and Botkin)が提起した案を好意的に紹介している。つまり、貧しい階層の人々に宝くじを頒布して、心身増強を受けるチャンスを提供するというものである。
 これだけが名案だとしているのではないが、このような案が大真面目で提起されるところに、英米圏における心身増強論議のある種の特徴がよく現れている。生命科学や先端医療の正当化に力を注いできた生命倫理学者たちが、いつしか良識的な社会の声や庶民の生活感覚から大きく逸脱する前提に染まってしまっていることに気がつかない事態が目立つようになってきている。徹底した自由主義者でありながら規制に言及したシンガーの報告の利点は、徹底した自由主義の前提に立つ限り、近い将来、心身増強をめぐって容易ならぬ問題が生じざるをえないことを、はしなくも露わにしている点にあると言えるだろう。
 一方、人文系の学問の伝統に根を降ろしながら、力強い慎重論を展開し、参加者一同の傾聴を得たのは、マイケル・サンデルだった。サンデルはThe Atlantic Monthly誌の2004年4月号に掲載されて反響をよんだ「完全さを求めることの非について――デザイナー・チルドレン、生物学的に増強されたスポーツ選手、遺伝子工学の何がよくないのか」("The Case against Perfection: What's wrong with designer children, bionic athletes, and genetic engineering")という論考に基づき、心身増強が人間の幸福と生きがいに反するものとなりかねない理由を明らかにした。これは、レオン・カスのリーダーシップの下でまとめられた『治療を超えて』の中では少数意見として部分的に述べられていたのを展開した論考で、近いうちに書物にまとめられるはずのものである。
 レオン・カスらは心身増強の倫理的問題は、自分らしさや本来の主体性(agency)を失ってしまうことにあると論じている。薬の力を借りたり、遺伝子操作の力を借りたりして、能力を高めてみても、それは自分の努力で得たものではないので、自己自身のものとして誇れるものにはならない。このように生命科学や先端医療の力を借りて自己を高めようとすることは、実は本来の自己とその主体性を失わせる危険性をはらんでいるとするのである。サンデルは慎重論のこの論点は問題の核心をはずしていると見る。心身増強が引き起こす問題は、当事者の主体性を失わせてしまうことではなく、むしろ人間が自己の力を頼みすぎること、すなわち主体性を強めすぎる(hyperagency)という点にあるのだという。ギリシア悲劇の人間観をよく表す語に「傲慢・うぬぼれ」(hubris)があるが、心身増強のもっとも重要な問題はこの人間の「うぬぼれ」にある。
 ギリシア悲劇のコンテクストでは、hubrisとは「神々に対する不遜」である。このことからもわかるように、人間のうぬぼれを反省し、己の小ささ、至らなさを自覚して、自己を超えたものへの感謝の念をとりもどそうとするのは、諸宗教に、また伝統的な倫理性に広く見られる姿勢である。だが、サンデルはこれを宗教に基づくものと論ずるのでは説得力に欠けるとする。広範な人々の合意を得るためには、この考え方を非宗教的な用語を用いて説明する必要があるという。
 親の望みのままの特性をもつよう操作されて産まれる子供のことを考えよう。子供にこうなってほしいという親の思いを注ぎ込まれ、その要請に応えなくてはならないと必死に務める子供たち。親も子も自らの力を頼み、すべてを意志のとおり実現しようとあらゆる手段をつくそうとし、先端医学はそれを促し、助けようとする。そこに欠けているのは、選びとることのできないものをあるがままに受けとめようとする親本来の愛であろう。神学者のウィリアム・メイはそれを「招かれざるものへの開かれた態度」とよんでいる。日本語で「子供は授かりもの」という。親がどのような子供でも限りない愛を注ごうとするとき、子供が授かりものであることを感じ取り、恵まれて「良かった」との思いを抱き、そのことこそ豊かな人生を生きるために忘れてはならないことだと理解するだろう。それを無視するシステムは、共苦共感、愛や慈悲という人類相互の連帯・団結の理念と実践の基礎を掘り崩すものとならざるをえないだろう。このような人間性(human nature)の理解を踏まえるとき、心身増強をひたすら良きこととみなそうとする生命科学と先端科学の限界が露わにならざるをえない。以上がサンデルの議論の要点である。
 サンデルの議論は優生学への批判、すなわち生命の選別への批判と密接に関わっている。サンデルの論文はジェイムズ・ワトソンの次の発言に触れている。「もし人がほんとうに愚かであるとすれば、それは病気だと言いたい。小学校でもどうしようもない最低レベルの10%、その原因は何だろうか。それは貧困のせいだなどと言いたがる人は多い。だが、たぶんそうではない。とすれば、私はその原因を取り除いた方がよいと思う、それが最低の10%を助けることなのだ。」これは障害者に不妊手術を施し、ついには殺害にさえ至った過去の優生学の立場に近いものである。障害者を産まないためにあらゆる措置をとることを是認しようとする、昨今の英米仏などの出生前診断推進政策がこのような発言と通底していることが気になるところである。
 出生前診断による選択的中絶は心身増強問題を考察する上で、重要な戦略的位置を占めるものである。この問題はシンガーやサンデルも言及しているが、正面から取り上げたのは、ダン・ブロックと筆者である。筆者は日本でなぜ出生前診断や選択的中絶があまり積極的になされておらず、公式に是とされてもいないのかについて、その要因について述べた。これは妊娠中絶問題をめぐる欧米と日本の対応の仕方の違いと大いに関わり合いがある。したがって、この問題を論じるには文化の違いや国による歴史的経験の違いについて考慮に入れる必要がある。日本からのもう一人の報告者、位田隆一も生命倫理における日本とアジアの考え方が欧米と異なる点についていくつかの生命倫理問題の例をあげて示した。
 日本では生命倫理を「個としての人間」という観点から、したがって人権や個々人の自己決定や自律や自己責任という観点からだけでは考えないという姿勢が強い。これは西洋、とりわけ英米の生命倫理との際だった違いだが、サンデルの立場はある意味で日本的な生命倫理の考え方に類似する面を含んでいる。個人の自由・自律や主体性の限界を自覚するところから、問題を考え直そうとする姿勢である。サンデル自身も他の論者も、心身増強をめぐるサンデルと位田、島薗の立場が近いことを認めていたが、これは欧米においてもキリスト教のドグマに依拠するのでもなく、個人主義や近代合理主義の限界にも自覚的であるような生命倫理思想がようやく育ち始めていることの現れと見ることができるだろう。


 



November 18 - 19, 2004
2004 Oxford-Uehiro-Carnegie Council Conference
in New York

How Can Human Nature Be Ethically Improved?

Conference Statement:
Recent years have seen the beginnings of a public debate about how anticipated future technologies may be used to modify not only the world around us but also ourselves, the human organism. The use of technology to extend natural human capacities is not new - eyeglasses for better sight, coffee as a stimulant, clothing for keeping warm in cold climates etc. have been around for hundreds of years. But the rapid pace of technological development makes it likely that more radical possibilities for intervention will become available within the next several decades. Genetic engineering, pharmacology, human/computer interface technology, and, in a somewhat more distant future, molecular nanotechnology and artificial intelligence, will make it possible to change important human traits. It may become feasible to prevent many diseases and to slow the human aging process. Human intellectual and physical capacities may be extended in various ways. How to approach the prospects of changing human nature through technology is one of the most important questions of our time. Ensuring that these new capabilities will be used to promote human flourishing, rather than for self-limiting or destructive purposes, will require both practical wisdom and broad ethical sensibility. This project will bring together some of the best scholars worldwide to participate in a workshop and to produce a book to be published by Oxford University Press. The aim of the workshop and the book is to advance the state of the art of ethical thinking and scholarship about how human-enhancement technologies can be used responsibly in humanly beneficial ways.


Thursday, November 18


9:30 AM Welcome: Tetsuji Uehiro, Vice-President, Uehiro Foundation
Joel H. Rosenthal, President, Carnegie Council

10:00 AM Arthur Caplan, University of Pennsylvania
"What is So Sacred About Human Nature?"

10:45 AM Daniel Wikler, Harvard School of Public Health
"Do Civil Liberties Presuppose Roughly Equal Mental Ability?"

11:30 AM Coffee Break

12:00 PM Eric T. Juengst, Case Western Reserve University

1:00 PM Lunch & Book Discussion

2:30 PM Susumu Shimazono, University of Tokyo
"How Will the Idea of the Unity of Human Beings Be Reconstructed?"

3:15 PM Nick Bostrom, Oxford Uehiro Centre for Practical Ethics
"Status-quo Bias and Human Enhancement"

4:00 PM Coffee Break

4:15 PM Jonathan Glover, King's College

5:00 PM Peter D. Kramer, Brown University
"Emphasizing the Valuation of Varied Mood States"

6:00 PM Break

7:00 PM Reception, Dinner & Keynote Address with James D. Watson,
Cold Spring Harbor Laboratory


Friday, November 19

8:30 AM Ryuichi Ida, Kyoto University

9:15 AM Julian Savulescu, Oxford Uehiro Center for Practical Ethics
"Human Enhancement and the Human Spirit: Lessons from Performance Enhancement in Sport"

10:00 AM Coffee Break

10:30 AM Michael J. Sandel, Harvard University
"The Case Against Perfection"

11:15 AM John Harris, University of Manchester

12:00 PM Lunch & Presentation by Peter Singer, Princeton University
"Parental Choice and Human Improvement"

1:30 PM Robin Hanson, George Mason University
"Enhancing Our Truth Orientation"

2:15 PM Erik Parens, The Hastings Center

3:00 PM Dan Brock, Harvard Medical School
"Is Selection of Children Wrong?"

4:30 PM Adjournment



※2003年度の会議報告
※2002年度以前の会議概要
 

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