東京大学大学院
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東京大学大学院医学系
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東京大学大学院人文社
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倫理良書レビュー

倫理良書レビュー 2011年11月 島薗教授おすすめの図書



 宗 左近 著
 『小林一茶』 集英社 2000年刊


 小林一茶(1763-1823)は俳人で倫理の教えを説いたわけではない。道徳指導者とは相当に隔たった存在だ。だいたい一茶自身、人に寄生してかろうじて生きてきたと自覚している。正月にも「春立つや四十三年人の飯」とか、「春立つや菰もかぶらず五十年」などとあまりおめでたくない句を作っている。 そして、自分は極楽よりは地獄に行くなどと平気でほのめかしたりする。
花のかげ寝まじ未来が恐ろしき
世の中は地獄の上の花見哉
 恨みつらみの表現も多い。継母や異母弟と遺産争いをしながら父を看取った経験があり、その日々を描いた介護日誌ともいうべき『父の終焉日記』では、継母や異母弟が悪者のように描かれている。故郷の人々に悪態をつくような句もいくつもある。「故郷や寄るも障(さわ)るも茨の花」とか、「故郷は蠅すら人をさしにけり」などという句だ。 だが、一茶の句に倫理的なものを感じ取る人は多いだろう。たとえばそこに弱い者いじめをきらい許さない気持ちを読みとることは容易かもしれない。  
痩蛙まけるな一茶是に有
我と来て遊べや親のない雀
やれ打つな蠅が手をすり足をする
 宗左近はこうした作品を「弱い生命への愛の歌です。その愛をもたない存在への怒りの歌です」と言っている(p7)。かなり熱心な仏教徒だった一茶の慈悲の精神をそこに見てよいかもしれない。
 だが、慈悲を施すというような高い位置に身を置いたわけではない。むしろ自分がいじめられてきた存在、今もいじめられている存在と感じていたようだ。信州の比較的豊かな農家に生まれながら2歳で生母を失い、15歳で一人江戸に出て奉公生活をしなくてはならなかった悲しさがそこに漂っている。「しょんぼりと雀にさへもまま子哉」とか「なでしこやまゝはゝ木々の日陰花」などという句は愛の句とも受け取れるが、暗いひがみの句と受け取れないこともない。
 初めにも見たように、桜の花もその美をほめ散るのを惜しむというより「活て居る人をかぞへて花見哉」というように暗い句が多い。宗左近はこうした暗さを秘めた一茶に近代的な感性を読みとっている。では、「近代的」とはどういうことだろうか。
 いずれにせよ、桜の花は、一茶にとって死の花です。そして、俳句の歴史のなかでは、桜の花は一茶によってはじめて死の花となったといえるのです。
 それは何を語るのでしょうか。一茶は江戸の貧乏な市民としての生活のなかでいちはやく、人間の自己疎外を感じたのだと思います。社会という機械のなかからはじき落とされた歯車としての自分を知ったのだと思います。それが、近代人ということです。そこから、存在というものの背理を、ひいては宗教の蔽いかくすことのできない生と死の断絶の酷たらしい不条理を、感受することになります。
 その一茶における近代が、桜の花=死という受けとりかたをさせたのではないでしょうか。(p83)
 一茶は人間の欲深さやエゴイズムを骨身にしみて知っていた。だから、自分も人も地獄へ堕ちるかもしれないと半ば本気で言っている。もっとも罪深さということなら宗教が強調するものだ。宗教なら罪人をこそ救う神や阿弥陀仏を信じることを進めるので、罪は克服されることになる。ところが、一茶の場合、「生と死の断絶の酷たらしい不条理」を見てしまい安らかな信仰に落ち着けないところがある。信仰をもとうともつまいと、そもそも人間は酷たらしく生きざるをえない。一茶にはそうした人間観があったと宗左近は論じている。
 「酷たらしさ」を見つめる一茶をよく表している句として宗左近は「春雨や喰れ残りの鴨が鳴」をあげ、「読むなり、これはひどいなあ、と胸が痛くなります」と言っている。もう一つ、「初雪や今に煮らるゝ豚あそぶ」という句も取り上げられ、こう評されている。
 きれいな初雪のなかに出されて、嬉々として遊ぶ豚たち。だが、間もなく初雪は消える。そして、それよりさきに「煮ら」れて消えてしまうであろう無邪気な食べもの(?)たち。  美しい自然のなかに隠されているだけに、一層酷たらしい事件。いたましいですね。 それにしても、「喰れ残りの鴨」にしろ「今に煮らるゝ豚」にしろ、むろん、それらがそのままわが身だという自覚があってのことです。その自覚のあった文学者は、江戸の文化文政までに、むろん多くいたに違いありません。しかし、それを表現したのは、おそらく一茶が初めてです。(p223)
 弱い小さな生きものに対する一茶のやさしい眼差しと見えるものの背後に、こうした「酷たらしさ」の痛切な認識があるということ、これが宗左近が「近代性」というときの一つのポイントだ。そうした認識を踏まえた倫理性は悪くすれば「すれっからし」ということになろうし、よい形で現れれば「したかか」ということになるだろう。
 救われるかどうかなどどうせ分からないとか、死後の世界でいい目を見るなどとは思わないと覚悟しつつ、死を強く意識するというのは、そのような「酷たらしさ」に耐える練習をすることかもしれない。死と倫理の関わりの一つのあり方と言えようか。
 死に仕度致せ致せと桜哉
 いざさらば死ゲイコせん花の陰
 一茶は継母や異母弟との遺産争いに勝って土地を半分相続し、五〇歳ほどで故郷の柏原に帰り、初めて結婚する。その折に「柏原を死所(しにどころ)と定め」との前書がある句が「是がまあつひの栖か雪五尺」である。「つひの栖」は「死所(しにどころ)かよ」とする句もある。いろいろな読み方ができる句と思うが、宗左近の見方はなかなか厳しい。
 「死所」を見た、というのは、そこに転がる「自分の死体」を見た、ということです。観念としてではなくて、はっきりとした事実として、です。これは、しかし、恐ろしいことですね。これ以後、自分を「死者」と見るのです。(p197)
 宗左近は一茶の世界の暗い側面を強調しているが、それだけではない。一茶は小さな生きものをわが身のように感じることができたのだが、それは自然と親しむ農民の生活が身近だったこととも関わりがある。「夕暮や土とかたれば散る木の葉」という句についてはこう述べている。
 「ああ、今日も暮れてゆく。あんた、ほんとうにご苦労さまだったね・明日もまた頼むよな」。「うん。あんた。案配どうだった?風邪はもう治ったかね」。土と農家の人は、夕暮れになると語るのです。すると、そばに立っている「木」も、その話の間に割ってはいってくるのです。「うん、気をつけてな。また明日ね」。木の葉の散る音が、その言葉なのです。 農家の人と土と木の葉の語る声が、一茶にはよく聞こえてくるのです。(p206)
 一茶は小さな動物に共鳴しただけでなく、木の葉や土とも感応しあうことができたが、それは自然とともに生きる農民の感性に即したものだという。「猫の子がちよいと押へるおち葉哉」という句についてはこう述べている。
 「庭先に「おち葉」が吹きよせられてきます。「猫の子」が走り出てきました。「ちよいと押へ」ました。あ、離しました。いや、また「ちよいと押へ」ました。遊ぶのですか。はい、その通りです。遊ぶのです、「猫の子」ではなくて、「おち葉」が。」(p206)
 卓抜な解釈だ。「おち葉」が生きている。そう感じることができるのが猫であり子どもだろう。そしてその「おち葉」や「猫」や子どもの「あどけなさ」の悲しみとともに愛の力を信頼してもいるのだ。 信頼がゆとりを生む。上の句にはユーモアがあるが、悲しみをたたえたユーモアは救いでもあろう。「春雨に大欠伸(あくび)する美人哉」はほとんど川柳だが、宗左近は一茶の句が川柳に近づいていることを認めていて、そこに美点を見出している。そもそも「美女」ではなく「美人」という語が俗っぽいが、一茶にとってはユーモアと結びつく語なのだ。大欠伸する「美人」は本来気取って上品であるべき「美人」としては失格だろう。本人もそれは分かっているはずだ。だが、だからこそ愛らしいではないか。
 降り続く春雨が気をゆるめさせるからです。つまり、うっかち他人の目を忘れてしまうだけ、この女性は油断しやすい、気のいい人物。ツンと上品ぶった、それだけつきあいにくい美女ではなくて、そんじょそこらの美人なのです。」(p39)
 地獄をのぞいてしまうような人間の弱さ悲しさを意識し、つき放しながらも、生き物へのやさしい愛を歌ってもいる。鴨には厳しい一茶だが雁にはやさしい句が多いようだ。「けふからは日本の雁ぞ楽に寝よ」、「雁鳴や相かはらずに来ましたと」、「下る雁どこの世並がよかんべい」など。最後の句について宗左近は「どこの世間(または、あたり)がいいのかなあ」と現代語訳した後で、こう述べている。
 雁の使っている柏原弁ですね。遠い旅の果ての空の上から降りてこようとしての独り言でしょう。それを小耳にはさんだ隣を飛んでいる別の雁が、「ううむ、ほんに、どこだべな」と、そういっていうのが聞えてきそうな、そうです、雲もなくて穏やかな空模様です。(p154)


 

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