倫理良書レビュー 2013年3月 島薗教授おすすめの図書



 枝廣淳子・草郷孝好・平山修一
 『GNH(国民総幸福)――みんなでつくる幸せ社会』 海象社 2011年刊


 倫理は個人ひとりひとりの事柄であるとともに、共同で営む社会生活に関わっている。社会生活というとまずは国家という枠組みで考えがちだが、地域共同体や職場や家族などさまざまな広がりがある。もっとも大きな広がりはグローバル社会ということになろう。戦争が絶えないグローバル社会の向かう方向が見えないと、包括的な良い社会生活のビジョンが得られない。よって社会生活の倫理的指針が見えにくくなる。現代社会はこの意味で倫理的ビジョンの欠如、あるいは崩壊感覚に苦しんでいると言える。これに対して、倫理的なビジョンにのっとって、グローバル社会のあり方を具体的な形で展望することを目指す試みがないわけではない。有力な試みの一つに「GNH(国民総幸福)」の提案がある。
 経済成長が至上目標になっているのが現今の世界の政治や経済の大勢で、その主要な指標のひとつはGDP=国内総生産(Gross Domestic Product)だ。以前にはGNP=国民総生産(Gross National Product)の語が使われてきたが大差ない。お金に還元できるような一次元的な数値でその量が計測されるものだ。これに対して、GNH(Gross National Happiness)は経済的な数値では表せないような幸福の度合いを捉え、その向上を目標としようとするものだ。
 GNHを最初に唱えたのはヒマラヤの小国ブータン王国で、1972年16歳で即位した第4代国王、ジクミ・シンゲ・ワンチュクが提唱者だ。若きジクミ・シンゲ・ワンチュク国王が1970年代にすでに説き始めていたこのGNHの理念は、次第に世界各地に共鳴者を見出すようになり、今や国際社会で十分に認知され敬意をもって検討すべきものと考えられている。本書はそのことを分かりやすく述べたものだが、巻末には「参考資料」として2008年、ニューヨークで開かれた第63回国連総会でのジグミ・Y・ティンレイ、ブータン王国首相の声明の訳文も収められている。
 ティンレイ首相は声明の冒頭で、自然災害、食糧、燃料、金融危機、深刻化する貧困、貧弱化する国家、減少する水資源、病気、人身売買、海事の無法性、テロなど現代世界の危機を示す事柄を列挙している(172ページ)。そして、とくに地域社会の崩壊に注意を促してこう述べている。
地域社会が崩壊すると、必要な際にはお互いに分かち合い、与え合うという精神性も崩壊し、共同体、隣人、さらには自分自身の家族を犠牲にしても、自分が利益を得ようとするようになります。これは、国家間の関係を含む、人間の関係性のあり方の問題です。そしてこのことは、貧困、飢餓、社会情勢の不安感など、今日の社会を悩ませている多くの根源にある問題だと、私は考えます。
こうした危機の数々が明確に示すのは、人間の飽くなき欲望を満たすために生み出された膨大な富を分かち合い、分配することを怠った結果、不均衡となった社会の恥ずべき姿です。飢餓や自然の脅威に晒され、人々が適切な治療を受けることなく死んでいくという苦しみの中にあるのは、食糧、水、衣類、医薬品が不足しているからではなく、分かち合おうとする意思や分配しようとする配慮にかけるからなのです。(174-5ページ)
 先進国では消費期限が切れた食糧や医学品が惜しげもなく焼却炉に放り込まれている。その先進国は「GNPの1%にも満たない富を分かち合うという誓いを果たした先進国はほとんどありません。同様に、製薬会社も医薬品価格を下げることに積極的に反対しています」(175ページ)。私なりに付け足せば、GDPの最上位に位置するアメリカや中国では、そして日本も次第にそうなりつつあるようだが、少数の豊かな市民が多数の市民の収入の合計を上回るほどの収入を得ているような状況だ。
我々は自己陶酔に浸りながら無節制に日々を過ごすことから眼を覚まし、経済の繁栄が人類の繁栄と同義ではないことに気がつかねばなりません。我々は、市場が持つ強大な束縛力と決別しなければならないのです。金融危機に顕著に見られるように、市場中心主義経済が崩壊しているのは、まさに無配慮で無責任な経済発展と拡大が、もはや限界に達しているということの現れではないでしょうか。将来の世代にとって、それは持続可能でもなく、公平でもありません。何よりも、今後、我々自身が振り返ってこの耐え難い負債を悔やむことになるかもしれないのです。(175ページ)
 現代世界の危機に警鐘を鳴らし、市場経済による経済成長の限界を説く言説はこれまでも少なくなかった。だが、このブータン王国首相の批判はひと味もふた味も違っている。まず、これは倫理的な問題として捉えられているということだ。「分かち合う」精神の欠如、ひたすら自己利益を追求する生き方が問われている。だが、これはカトリック教会や他の宗教組織、宗教者が述べてきたことでもある。確かに従来の宗教者の発言と同じように、ティンレイ首相も効率至上主義経済や現代文明を批判しながら、宗教的な価値を重視すべきことを述べている。「身体の物質的ニーズと、心の精神的、心理的、感情的ニーズのバランスのとれた生活」が重要だという。「モノよりいのちとこころを尊ぶ」ことと言い換えてもよいだろう。多くの日本人にとってなじみ深い考え方だろう。
ブータンのGNHの考え方で特徴的なのは、これをより具体的な指標へと形づけていくところだ。ブータン政府は早くから以下の4つの柱を掲げてきた(45-47、176-7ページ)。
@ 持続可能かつ公正な社会経済発展
A 環境の保全
B 文化の保全と促進
C 良い統治
 そして、2007年に初めて制定された憲法では、第9条「国家政策の原則」の第2項に「国家は国民総幸福(GNH)の追求を可能ならしめる諸条件を促進させることに務めなければならない」と規定された。第9条は25項からなるが、そこには第7項「政府は、所得格差や富の集中を最小限にするとともに、個々人や異なる地域で生活する人々の間において、公共施設を公平に配分するような政策を形成し、実行に移さなければならない」。第19項「政府は、地域における協働や拡大家族の保全につながるような諸条件を促進するよう務めなければならない」。第20項「政府は、仏教精神と普遍的な人類の価値観に根差した思いやりのある社会の持続的発展につながる環境づくりに務めなければならない」といった内容も含まれている。
 さらに、ブータン国立研究所では幸福の度合いを数値で表すために「GNH指標」を定めようとしてきている。そのために以下の9の領域を分けて考えようとしている。
1 暮らし向き(Living Standards)―生活を営む上で必要な経済指標
2 健康(Health)―身体面の健康
3 教育(Education)―教育や知識
4 コミュニティーの活力(Community Vitality)―地域コミュニティの活力
5 良い政治(Good Governance)―民主的な意思決定に裏打ちされた政治
6 時間の使い方(Time Use)―仕事、余暇のバランス
7 文化の多様性(Culture)―ブータン文化の尊重と保全
8 生態系(Ecology)―環境保護
9 心の健康(Psychological Well-being)―精神面の健康
 「文化の多様性」と訳してあるところは微妙だ。ブータンでは仏教が支配的で宗教的に多様であるとは言えないからだ。これに関わって著者たちはこう述べている。
またGNHは、仏教思想に基づいているから特別だ、と考える人もいます。確かに、GNHの考え方のベースに、仏教に纏わる思想があることは否定できません。しかし、GNHには一部の宗教の持つ非合理性が感じられません。少数派の不利益、非合理的な善悪などの宗教上のデメリットは無く、仏教を哲学の一種と捉え、それを基礎にしています。したがって、逆に仏教や神道の影響を受けた伝統を持つ日本人の私たちにとっては、GNHの価値観や幸福に対する考え方は受け入れやすいかもしれません。(73ページ)
 このあたりはじっくり学び吟味する必要があるだろう。ブータンのモデルを日本に移しかえることができるかどうか、大いに考えてみたいところだ。本書の著者たちもそのことは分かっているようだ。そこで本書では、ブータンのGNHに相通じるような考え方で地域社会つくりに取り組んでいる日本の事例をいくつか紹介している。
 たとえば、東京都荒川区はGAH=荒川区民総幸福度(Gross Arakawa Happiness)を掲げている。2004年に荒川区長に就任した西川太一郎氏が「区政は、区民を幸せにするシステムである」との方針を具体化しようとしたものだ。これに沿って、荒川区では「すべての区民の尊厳と生きがいの尊重」、「区民の主体的なまちづくりへの参画」、「区民が誇れる郷土の実現」の3つの「基本理念」を定めている。そして、「暮らし」「安全・安心」、「地域とのつながり」、「生きがい」、「幸福度」の世論調査項目を定め、毎年その変化をモニタリングしている。
 また、熊本県水俣市は水俣病でよく知られた町だが、1992年に日本で最初の環境モデル都市づくり宣言を出し、今や日本政府が2008年に定めた6つの「環境モデル都市」の1つとなっている。水俣市が注目すべき都市作りに進んで行くに際して貢献が大きかった人物のひとりとして、著者らは吉井正澄氏をあげる。吉井氏は市長であった1994年、水俣病患者慰霊式典に全ての水俣病患者グループ、環境庁、熊本県庁関係者の参加を実現させ、市からの水俣病患者への謝罪を行い、「もやい直し」を提唱した。「吉井さんは、『内面社会の再構築』こそが一番大切なことで、それを進めるためには、水俣市に住む立場の違うもの同士が、水俣の再生に向けて、協働していくことだ」とし、その「もやい直し」には「心と心のつながりを取り戻していくことが不可欠である」と捉えていた(96ページ)。
 吉井市長の提唱した「もやい直し」を実践していくのに貢献した水俣病患者のひとりに杉本栄子さんがいる。杉本さんは父親から教わった「他人様は変えられないから、自分が変わる」との言葉を支えに、「自分をいじめた地元の人を赦し、何もしてくれなかった市役所を赦していくことで、水俣という崩壊したまちの再生へつなげていく役割を果たした」という(99-102ページ)。また、水俣市の職員だった吉本哲郎さんは「箱モノ行政」に対して「アイディア行政」を掲げ実践した。これは市民自身によるビジョンづくりやビジョン実現を意味し、たとえば市民によるゴミ分別化設計を行い実行していった。たとえば、各地区ごとにリサイクルを行うとリサイクルの売り上げが各地区に還元されるシステムだ。「水俣市内の中学生が、定期的に地区単位のゴミ分別システムに参加しており、若者の間でゴミへの関心を高め、次世代づくりにつなげて」いるという(105ページ)。こうした経験を生かしながら吉本さんは「地元学」を提唱してもいる。
 このように本書は、ブータンのGNHの考え方が遠い小国の話にとどまるものではなく、日本でも十分、具体化できるものであることを実例を示しながら明らかにしている。ブータンにしろ、荒川区、水俣、もうひとつ取り上げられている滋賀県甲良町にしろ、いずれもサイズがさほど大きくないことは注意してよいことだろう。大きな行政単位で大きなお金を動かして何か大きなことをして効果をあげようとすると、経済成長優位の発想にならざるをえない。しかし、お互いの顔が見えるサイズで生き生きとした共同性を育てていこうとするとき、そこに人々が実感として捉えることができる「よい生活」への実現の道が開けるようだ。
 こうしたものの考え方は、東日本大震災の後、とくに妥当性があるものと感じられる。著者たちはそのことも十分に意識している。それが「よい生活」や「幸福」の問題、また「倫理」の問題といってもよいものであることを本書は分かりやすく示してくれている。

 

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