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第1回カーネギー上廣レクチャー報告


日 時:2008年6月26日(木)

場 所:カーネギー・カウンシル(ニューヨーク)

プログラム:
  1. 開 会  ジョエル・ローゼンタール教授(カーネギー・カウンシル理事長)
  2. 挨 拶  丸山登事務局長(上廣倫理財団)
  3. 講 演  デーヴィッド・ロディン博士(オックスフォード大学)
  4. テーマ 「拷問、権利、価値―なぜ拷問の禁止は絶対的なのか」
  5. 応 答  デーヴィッド・ルーバン教授(ジョージタウン大学)
  6. 参加者を交えての質疑応答
  • 講演者略歴:
    デーヴィッド・ロディン博士はニュージーランド出身で、主にイギリスで活躍する哲学者・倫理学者。オックスフォード大学で博士号(哲学)を取得後、同大学ウォルフソン・カレッジにてジュニア・リサーチフェロー、社会・法研究所にてリサーチ・アソシエイト、応用倫理学研究所にてリサーチ・ディレクターを歴任。オークランド大学(ニュージーランド)客員研究員、オーストラリア国立大学客員研究員などを経て、現在オックスフォード大学哲学科フェロー。2008年4月よりカーネギー・カウンシルにカーネギー・上廣シニアフェローとして就任。正戦論、国際紛争、ビジネス倫理、生命倫理の各分野で業績がある。主著の『戦争と自衛』は「戦争と平和に関する最も優れた書物」として、1997年のアメリカ哲学会フランク・チャップマン・シャープ記念賞を受賞している。

  • 討論者略歴:
    デーヴィッド・ルーバン教授はアメリカの法学者・哲学者。イェール大学で博士号(哲学)を取得後、同大学講師、ケント州立大学助教授、メリーランド大学教授を経て、現在ジョージタウン大学法学・哲学教授。スタンフォード大学、イェール大学、ハーヴァード大学、メルボルン大学、ダートマス大学、マックスプランク研究所(フランクフルト、ハンブルグ)にて客員研究員を歴任。法倫理学、法理論、国際刑事法、正戦論の各分野で業績がある。ルーバン教授の研究成果の一部は日本でも紹介され、『法律家倫理と良き判断力』(中央大学出版部)として論文集が出版されている。

  • 講義のコンテクスト:
    ここ数年のあいだ北米とヨーロッパを中心に、国際政治、国際法、倫理学、政治哲学の諸分野で拷問についての関心が高まっている。ダリウス・リジャーリ(リード大学)による880ページの大著『拷問と民主制』を筆頭に、本格的な研究成果が近年次々と発表されている。なぜだろうか。その理由のいくつかは、「テロとの戦争」という文脈に見出されるだろう。ポスト9/11の状況下で、「もし一人の人を拷問しなければ多数の市民の命が失われる場合でも、拷問の禁止は絶対的なのか」という古くからの哲学的・倫理学的問題が新たな関心を集めている。その一方で、アル・グレイブ刑務所や、グアンタナモを始めとする各地の勾留所での米軍による勾留者の拷問(あるいはそれに類する取扱い)が報道され、多くの人々がそれを憂慮している。こういった歴史的文脈を踏まえた上で、デーヴィッド・ロディン博士は「拷問の禁止は絶対的である」と改めて主張する。

  • 講義要旨(翻訳):
    この講義では拷問の絶対的禁止を道徳的に説明し、正当化することを試みる。さらに私は、それをある重要な制約下で試みたい。すなわち、拷問されない権利は絶対的でないと主張しながら、拷問の絶対的禁止を説明したいのだ。さて、もし拷問されない権利が絶対的でないとしたら、どのようにして拷問の禁止が絶対的でありうるのだろうか。その答えは、私たちの政治共同体のなかで、拷問の拒否がどのように価値として機能するかに見出される。私はこの説明を、「ダーティー・ハンド」のジレンマというマイケル・ウォルツァーのよく知られた考えを議論する文脈で展開する。ウォルツァーによると、政治指導者にとっては、ときに道徳的に正しくないことをすることが道徳的責務であることがありうる。しかし私は、ウォルツァーの議論が、政治的権威と政治的責務が共同体とその指導者たちとの関係からいかにして現れてくるのかを誤認していると主張する。もしある政治共同体が拷問の拒否というような価値にコミットしているとするならば、それは政治指導者の権威への、そして政治指導者が共同体に負う責務の範囲への、暗示的制約として機能する。このことは翻って、たとえ拷問をしないことの予見しうる帰結が多数の人々の死であったとしても、どうして公職者または政治指導者には拷問をする責務がないのか(そして実のところ、拷問をしない責務があるのか)を説明する。最後に私は、リベラルな政治共同体は拷問の拒否という価値にコミットしているという主張を擁護し、そしてこの議論で使われている道徳的価値の概念を明らかにする。

  • 質疑応答の様子:
    はじめに討論者のデーヴィッド・ルーバン教授が20分程度の応答をした。ロディン博士の主張に対するルーバン教授の主要な批判点は、ロディン博士の述べる「拷問に反する私たちのコミットメント」がどの程度強いのかという点にある。それを示す証拠の一例として、ロディン博士は二つの経験的データを挙げている。ひとつはUSA Today紙とギャロップ社による世論調査で、それによると、アメリカ合衆国で調査に応じた59%の人々が、「たとえ特定されたテロリストがアメリカ合衆国で未来に起こるテロ攻撃の詳細を知っていたとしても、そしてまた、合衆国政府がテロリズムと戦うために拷問が必要であると考えていたとしても、政府がテロリストを拷問することは認めない。」と述べている。もう一つのデータは、アメリカ合衆国が(他の殆ど全ての西洋諸国と並び)拷問等禁止条約に署名し、それを批准しているという事実である。ロディン博士はこれを「民主的プロセスを通じ、私たちが社会として選んだ明示的で、制度化された、法的コミットメント」と見る。これを受けてルーバン教授は、世論調査と法を含む経験的データは必ずしも「拷問に反する私たちのコミットメント」を示してはいないと主張する。複数の世論調査、および拷問を禁止した法(拷問等禁止条約を含む)の適用と解釈の実例を挙げたうえで、ルーバン教授は、私たちの拷問に反する文化的コミットメントは浅いか、あるいは両義的である可能性が高いと指摘する。その上でルーバン教授は、私たちの共同体が保持する価値を吟味し、それらへのコミットメントを強めるためにはどうすればいいのかについて、具体例を交えつついくつかの提案をした。その後、約20分間に渡り会場を交えた質疑応答があり、カーネギー・カウンシルの講演会場を埋め尽くした聴衆から多くの質問が寄せられた。



報告:2008年7月9日 報告者:蛭田 圭(オックスフォード大学/カーネギー・カウンシル)

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