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倫理良書レビュー

倫理良書レビュー 2012年8月 島薗教授おすすめの図書



 高橋源一郎 著
 『非常時のことば』 朝日新聞出版 2012年刊


 東日本大震災と福島原発事故が起こり、私たちの生活は大きく変わった。だが、変わったといっても必ずしも生活形態が大きく変わったわけではない。だが、何かが変わった。それは災害が来ないとは前提とできなくなったということかもしれない。無残な死を迎えた多くの人々がおり、また災害による悲しみや苦しみがなお重くのしかかっている人たちがいるということかもしれない。あるいは、原発の被害に対する懸念が続き、原発をやめるかどうか、放射能の高い地域から離れるべきかどうかについて激しい論戦に悩まされざるをえないということかもしれない。
 だが、著者はそのような説明にはあまり関わりあおうとしない。そして「ことば」「文章」の事柄として変化を受け止めようとする。だから説明を求める者はとまどうかもしれない。著書は意図的にそうしている気配で、説明せずに自分自身が感じたことを大事にするということ。それ自身、本書が押し出そうとしているモラルだと言えるかもしれない。
 だが、以下の部分にはかなり大きな手がかりが示されている。
「あの日」の後、ぼくの中に、ある変化があった。そして、その変化を、ぼくだけでなく、たくさんの人たちが感じたのではないかと思う。/では、どんな変化だろうか。それは、あらゆる場所でのことなので、それからはっきりした大きな変化もあれば、ほんとうに微妙な、あるかなきかの変化もあるので、うまく説明することはむずかしい。/でも、一つだけ、誰にでもわかる形で説明できることがある。/「あの日」から、読めなくなった文章がある、ということだ。154-155ページ
 これまでふつうに読めた文章に違和感を覚えて読めなくなってしまったという。もう一つ踏み込んでこうも述べている。「「あの日」から、世界のどこかに歪みが入ってしまったか、小さな、目に見えないような、ひびが入ってしまったのだ」。つまり、傷つきやすい、壊れそうな世界に今いると感じ、そのことを無視して平気でいるかのような文章が読めなくなってしまったということだろう。
おそらく、ぼくたちは、気づいてしまったのだ。ぼくたちが生きている世界は、ぼくたちがなんとなくそう思ってきた世界より、ずっと、傷が多いことを。多くの欠陥を持っていることを。いや、ほんとうは、薄々、そんな気がしてきたのに、知らないふりをしていたのかもしれない。
いまでも、ぼくたちは、世界がどんな風にできているのか、世界でなにが起きているのかを、正確に知っているわけじゃない。でも、突然、目の前の「壁」にできた、近づいて見ないとわからないほどの、小さな隙間から、冷たい風が吹いてくるのを感じている。
そして、その風を浴びると、「あの日」の前のように、はしゃぐことができないのである。155-156ページ
「「あの日」の後」は「非常時」とも言い換えられている。「非常時」には借り物の言葉では通用しなくなる。ふだんなら、ほんとうに自分のことばなのかどうか、あまり気にせずに使っている。時々、それでいいのかと不安になることもあるが、「それだってかまわない」。ところが「非常時」にはそういかなくなる。
誰かに、ことばを借りようとしても、貸してくれる人がいないことに、あなたは驚く。
その時、初めて、ぼくたちは、自分のことばを使わなければいけなくなる。そして、そんなことばを、実は、持っていなかったことに気づくのである。27ページ
 あらためて自分を見つめ直さないと文章を書くこともできない。また、そうした眼差しが感じられない文章は読むことができなくなるという。これだけの衝撃に襲われて感情に引きずられざるをえない。感情に引きずられるのは当然だ。だが、それでもその自分の足元を見つめているようなことば、それが著者のよしとする「非常時のことば」だ。
 たとえば、石牟礼道子の『苦海浄土』だ。科学技術が引き起こした災害として、水俣病と原発災害とは似ている。福島原発災害は広島・長崎の原爆の被害者、ビキニ核実験で被災した第五福竜丸の被害者、そして水俣病の被害者のことを思い起こさせた。では、今、『苦海浄土』のどのような言葉が胸に響き、傷ついた世界に不似合いではない「非常時のことば」となりうるのだろうか。以下は、「あねさん」とよばれている書き手石牟礼が、胎児性水俣病の杢太カの祖父から聞き取ったことばを記したものだ。
きたかきたか、杢。
ここまでけえ、爺やんが膝まで、ひとりでのぼってみろ。
おうおう、指もひじもこすり切れて、血のでとる。今日はえらいがま出した(精が出た)ねえ、おまえも。(中略)
あねさん、こいつば抱いてみてくだっせ。軽うござすばい。木で造った仏さんのごたるばい。よだれ垂れ流した仏さまじゃばって。あっはっは、おかしかよい杢よい。爺やんな酔いくろうたごたるねえ。ゆくか、あねさんに。ほおら、抱いてもらえ
66ページ
 これは「地獄」のような情景かもしれないが、しかし「天国」「浄土」ではないかと一瞬、感じると著者は言う。「地獄」とは、たとえば、「誰からも、何からも庇護されず、放置されているところ」であり、「痛みと悲しみと苦しみが、絶えずやって来るところ」であり、「未来も希望も一切ないと感じられるところだ」。だが、「爺やん」と「杢」のいるこの場所の風景はまったく異なる。
あねやん、この杢のやつこそ仏さんでござす」
世界の苦しみを一身に受けたような孫を、「爺やん」は「仏さん」と呼ぶのである。「魂は底の知れんごて深うござす」と、畏敬に満ちて、話すのである。
ぼくたちは、問い返すべきかもしれない。
家族から、これほどまでに、深い愛情を、注がれる存在とは何なのか、と。(中略)
そのような無垢な愛情は、たとえば、母親が、生まれたばかりの赤ん坊に対して持つようなものではないだろうか。
だとするなら、「爺やん」は、その生涯の終わりに際して、すべてを受け入れる「母」ともなったのである。72ページ
 著者はこの『苦海浄土』のような、「痛み」を深く感知し、そこから開けて来る祈りのような言葉を含んだ作品をいくつか紹介していく。そして、それら「足元」を見ていることばは、人々に上を向かせる演説のような文章に対置される。ただ、演説でもリンカーンのゲティスバーグ演説は違う。そこでは主に「死者」のことが静かに語られている。「この短い「文章」の中で、リンカーンは、ただ「死者」のことだけをしゃべっている。」「「あの日」から。多くの文章が読めないものになったのは、ぼくたちが、「死者」を見たからだ。いや、この目では見なかったかもしれないが、「死者」たちの存在を知ったからだ。」「「上」を向く文章は、そのことを忘れさせる。「下」に、「大地」に、「根」のある方に向かう文章だけが、「死者」を、もっと正確にいうなら、「死者」に象徴されるものを思い出させてくれるのである。」184ページ
 「あの日」、つまり3.11の災害を通して私たちが担わざるを得なくなっているものについて、著者は「非常時のことば」が指し示す未来として示唆的に語っている。一つにはそれは、究極の痛みを負った存在としての死者とともにあることだ。また、もうひとつには、無条件で庇護される者としての子どもである。それらはともに孤独な地獄の淵にさらされながら、そこから立ち返ってくるはずの存在と言えるかもしれない。著者はそのことを、まど・みちおの詩を通して語っている。200ページ〜
ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることはできない
 これは「あの日」以来、心閉ざされている人たちの心象風景なのかもしれない。だが、それに続いて次のような詩句がある。
ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも
 こちらに焦点をあてるとこの詩は、閉ざされた孤独な「ぼく」について語っているのではなく、むしろ「まもられている」存在としての「子ども」のことを歌っているのだという。いや、そのような無力な存在としてあった自己を自覚することで、新たに自由を見出すのだという。
そのような「子ども」を前にする時、その「魂」にとって「私」は消えている。執着の中心となった「私」は存在しないのである。/だが、「私」は無になったのではない。肯定する視線となって、存在している。208ページ
 無力な存在としての「子ども」を通してようやく「私」が肯定されてくる。著者は「「私」は「私」を肯定するために、「私」以外の誰かを必要としていたのである」といい、こう説明している。
「私」以外の誰か、それは、ことばを持たない、「小さな」誰かのことだ。こちらから手を伸ばさなければ、助けなければなにもできない、か弱い、なにものか、のことだ。そのような者たちについて書かれた「文章」は、そのような者たちを庇護する人たちの行いに似て、囁くように語られている。ぼくは、いま、そんな「文章」なら、読むことができるのである。209ページ
 この本は「こうこうすべきである」「このようなことはすべきでない」などと述べていないが、倫理の根幹に関わるようなことを語ろうとしている。そして読み終わって、読者は自らを省み恥ずかしく思うかもしれない。だが、たぶんまたほっとした気持ちにもなっている。

 

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