倫理良書レビュー 2013年6月 島薗教授おすすめの図書



 九鬼 周造 著
 『「いき」の構造』 岩波文庫 1979年刊(初刊 1930年)


 九鬼周造(1888-1941)は東京帝国大学で哲学を学び、欧州に8年滞在し、京大で哲学を教え短い講壇生活後に死亡した学者だ。だが、文芸に関心が深く、自ら詩歌の創作も行い、『文芸論』のような著作もあり、「文人哲学者」(菅野昭正「解説」『九鬼周造随筆集』岩波文庫、1991年)とよばれるような特異な存在だった。「文人」の側面は詩歌や随筆に、「哲学者」の側面は学位論文「偶然性」を発展させた『偶然性の問題』(1935年)などに代表されるが、両側面が融合したような著作がこの『「いき」の構造』だ。
 「いき」は日本の美意識のある側面を表す言葉で、現代もよく使われる語だが起源は江戸時代にあるようだ。花柳界と縁が深い語で、この本が刊行された昭和初期にもその雰囲気は濃厚に伝えられていた。九鬼の10歳年上の永井荷風は「いき」の文化に精通した作家だが、この本にも時々引用されている。花柳界との縁ということからも分かるように、日本の美意識としてありふれたふつうのものというわけでもない。だが、その「いき」に注目する理由が九鬼にはあった。これについては後に述べる。また、「いき」を美意識として論ずるとともに、道徳・倫理・「存在様態」にまで論及しようとしていることも特徴的だ。「我々は趣味が道徳の領域において意義をもつころを疑おうとしない」(86ページ)とあるとおりだ。
 「いき」に漢字をあてると「意気」とも「粋」ともなるが、「いき」と「粋(すい)」は微妙に異なる。この点については注でふれられているにすぎないが、重要な箇所だと思う。そこには両語のおおよその意味内容が伝わる用例も引かれているので、少し長いが引いておきたい。
我々が問題を見ている地平にあっては、「いき」と「粋(すい)」とを同一の意味内容を有するものを考えても差支えないと思う。式亭三馬の『浮世風呂』第二篇巻之上で、染色に関して、江戸の女と上方の女との間に次の問答がある。江戸女「薄紫といふやうなあんばいで意気だねえ」上方女「いつかう粋ぢや。こちゃ江戸紫なら大好/\」。すなわち、「いき」と「粋」とはこの場合全然同意義である。染色の問答に続いて、三馬はこの二人の女に江戸語と上方語との巧みな遣い別けをさせている。(中略)両語の発達を時代的に規定することが出来るかもしれない。(『元禄文学辞典』『近松語彙』参照)。もっとも単に土地や時代の相違のみならず、意識現象には好んで「粋」の語を用い、客観的表現には主として「いき」の語を使うように考えられる場合もある。例えば『春色梅暦』巻之七に出ている流行唄(はやりうた)に「気だてが粋で、なりふりまでも意気で」とある。しかし、また同書巻之九に「意気の情の源」とあるように、意識現象に「いき」の語を用いる場合も多いし、『春色辰巳園』巻之三に「姿も粋な米八」といっているように、客観的表現に「粋」の語を使う場合も少なくない。要するに、「いき」と「粋」とは意味内容を同じくするものと見て差支ないであろう。(30-31ページ)
 上方中心の元禄文化と江戸中心の化政文化(文化文政期の文化)というが、「いき」の美意識ということでは後者の式亭三馬や為永春水(さらに時代は下がる)の作品とともに、「浮世」の語が広まった前者の、たとえば近松門左衛門や井原西鶴の作品も念頭に置かれていると見てよいだろう。
 「いき」の意味内容として、九鬼はまず「異性に対する「媚態(びたい)」をあげる。この「媚態」の説明に九鬼の「いき」理解の中心的なテーマが込められている。
異性との関係が「いき」の原本的存在を形成していることは、「いきごと」が「いろごと」を意味するのでもわかる。「いきな話」といえば、異性との交渉に関する話を意味している。なお「いきな話」とか「いきな事」とかいううちには、その異性との交渉が尋常の交渉でないことを含んでいる。近松秋江の『意気なこと』という短編小説は「女を囲う」ことに関している。そして異性間の尋常ならざる交渉は媚態の皆無を前提としては成立を想像することはできない。すなわち「いきな事」の必然的制約は何らかの意味の媚態である。」(21-22ページ)
 江戸時代では遊郭において典型的に現れるような、夫婦関係に至らない男女の愛情関係が、独特な価値を具現する可能性が注目された。そして、それが一定の倫理的な意味を担っていた。そう示唆されている。遊郭の女性は金に縛られて自由を奪われており、苦難を背負っているのであり、そのことが「いき」の倫理性に関わっている。「「英雄主義」が、か弱い女性、しかも「苦界」に身を沈めている女性によってまでも呼吸されているところに「いき」の特徴がある」(93ページ)とも論じられている。こうした「尋常ならざる交渉」の下にあるために、「媚態」が特殊な倫理性を帯びて来るというのが九鬼の考えだろう。
しからば媚態とは何であるか。媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。そうして「いき」のうちに見られる「なまめかしさ」「つやっぽさ」「色気」などは、すべてこの二元的可能性を基礎とする緊張にほかならない。いわゆる「上品」はこの二元性の欠乏を示している。そうしてこの二元的可能性は媚態の原本的存在規定であって、異性が完全なる合同を遂げて緊張性を失う場合には媚態はおのずから消滅する。媚態は異性の征服を仮想的目的とし、目的の実現とともに消滅の運命をもったものである。永井荷風が『歓楽』のうちで「得ようとして、得た後の女ほど情無いものはない」といっているのは、異性の双方において活躍していた媚態の自己消滅によって齎された「倦怠、絶望、嫌悪」の情を意味しているに相違ない。(22ページ)
 堅苦しい用語が次々と繰り出されてきて理解が難しいが、享楽的な性の意識をもちながら、他者としての異質性や距離が保たれ緊張関係が持続するあり方を「二元性」の語で示そうとしている。
 九鬼は「いき」の特徴は「媚態」の他に2つの「徴表」によって捉えられるという。「意気」「意気地」と「諦め」だ。「意気」すなわち「意気地」については、次のように述べられている。
意識現象としての存在様態である「いき」のうちには、江戸文化の道徳的理想が鮮やかに反映されている。江戸児(えどっこ)の気概が契機として含まれている。野暮と化物とは箱根より東に住まぬことを「生粋(きっすい)」の江戸児は誇りとした。「江戸の花」には、命をも惜しまない町火消、鳶者(とびのもの)は寒中でも白足袋はだし、法被一枚の「男伊達」を尚(とうと)んだ。「いき」には、「江戸の意気張り」「辰巳の侠骨」がなければならない。「いなせ」「いさみ」「伝法」などに共通な犯すべからざる気品・気格がなければならない。「野暮は垣根の外がまへ、三千楼の色競べ、意気地くらべや張競べ」というように「いき」は媚態でありながらなお異性に対して一種の反抗を示す強味をもった意識である。「鉢巻の江戸紫」に「粋(いき)なゆかり」を象徴する助六(すけろく)は「若い者、間近く寄ってしゃつつらを拝み奉れ、やい」といって喧嘩を売る助六であった。(中略)かくして高尾や小紫も出た。「いき」のうちには溌剌として武士道の理想が生きている。「武士は食わねど高楊枝」の心が、やがて江戸者の「宵越の銭を持たぬ」誇りとなり、更にまた「蹴(け)ころ」「不見転(みずてん)」を卑しむ凛乎たる意気となったのである。「傾城は金でかふものにあらず、意気地にかゆるものとこころへべし」とは廓の掟であった。(中略)「五丁町の辱(はじ)なり、吉原の名折れなり」(23-25ページ)
 短いスペースの中で「いき」の美意識や倫理感を表現した名文だろう。「蹴ころ」は「蹴転ばし」に由来し危ない素人風の私娼を指す語、「不見転」も遊郭の女性の後先を考えずに事を行う様子を示した語。「高尾」「小紫」は「武勇伝」ともいうべき逸話をもつ有名な遊女だ。武家が支配する社会で、遊郭の女性にこそ元来武士が体現していたような倫理的な模範を見ようとする態度が、「いき」の語には込められているというのだ。
 次に「諦め」については「運命に対する知見に基づいて執着(しゅうじゃく)を離脱した無関心である」として次のように説かれている。
「いき」は垢抜けしていなくてはならぬ。あっさり、すっきり、瀟洒たる心持でなくてはならぬ。この解脱は何によって生じたのであろうか。異性間の通路として設けられている特殊な社会の存在は、恋の実現に関して幻滅の悩みを経験させる機会を与えやすい。「たまたま逢ふに切れよとは、仏姿にあり乍ら、お前は鬼か清心様(せいしんさま)」という嘆きは十六夜ひとりの嘆きではないであろう。魂を打込んだ真心が幾度か無惨に裏切られ、悩みに悩みを嘗めて鍛えられた心がいつわりやすい目的に目をくれなくなるのである。異性に対する醇朴な信頼を失ってさっぱりと諦むる心は決して無代価で生れたものではない。「思ふ事、叶わねばこそ浮世とは、よく諦めた無理なこと」なのである。その裏面には「情ないは唯うつり気な、どうでも男は悪性者」という煩悩の体験と、「糸より細き縁ぢやもの、つい切れ易く綻びて」という方法の運命とを蔵している。(25ページ)
 僧であった「清心」と遊女の「十六夜」は河竹黙阿弥作の歌舞伎「小袖曾我薊色縫(こそでそがあざみいろぬい)」で心中未遂をする男女。心中未遂の後、離れ離れになるが偶然出会って盗賊の夫婦となり子どももできるが、やがて清心(鬼薊清吉)は十六夜(おさよ)を殺し、自害するというもの。十六夜は一時は出家し父とともに巡礼に出るのだが、拉致されて悪の道に引き込まれる。中世的な香りも漂い、仏教的な因果の運命論を意識した悲劇だが、九鬼はこうした物語の背後に「諦め」に根差した「未練のない恬淡無碍の心」を見て取っている。
要するに、「いき」は「浮かみもやらぬ、流れのうき身」という「苦界」にその起原をもっている。そうして「いき」のうちの「諦め」したがって「無関心」は、世智辛い、つれない浮世の洗練を経てすっきりと垢抜した心、現実に対する独断的な執着を離れた瀟洒として未練のない恬淡無碍の心である。「野暮は揉まれて粋となる」というのはこの謂(いい)にほかならない。婀娜っぽい、かろらかな微笑の裏に、真摯な熱い涙のほのかな痕跡を見詰めたときに、はじめて「いき」の真相を把握し得たのである、「いき」の「諦め」は爛熟頽廃の生んだ気分であるかもしれない。またその蔵する体験と批判的知見とは、個人的に獲得したものであるよりは社会的に継承したものである場合が多いかもしれない。それはいずれであってもよい。ともかくも「いき」のうちには運命に対する「諦め」と、「諦め」に基づく恬淡とが否み得ない事実性を示している。そうしてまた、流転、無常を差別相の形式と見、空無、涅槃を平等相の原理とする仏教の世界観、悪縁にむかって諦めを説き、運命に対して静観を教える宗教的人生観が背景をなして、「いき」のうちのこの契機を強調しかつ純化していることは疑いない。(26-27ページ)
 九鬼周造は江戸後期に力点を置きながら、日本の文化史に根差した倫理性のある局面を生き生きと描き出している。難解な哲学用語が頻出するが、それは日本文化史を世界史的な文脈で捉え返すための手がかりを提供してもいる。九鬼はニーチェやボードレールに言及して、「いき」のテーマが近代における宗教・形而上学とエロスの葛藤、またニヒリズムの深淵を見すえての倫理性という問題に関わるものであることも示唆している。
 だが、「いき」を「大和民族の特殊な存在様態」(17ページ)と直結させているあたりはややかけ足の感がしないでもない。該博な哲学知識と文芸の読解力をもったたいへんな知的才能であるが、53歳で終えた人生全体がかけ足のようにも見える。京都の花柳界の出身で男爵九鬼隆一の妻でありながら、後、岡倉天心の恋人となり、下町に暮らした母の下で育った。そして長期留学中には愛もあったと思われるが、その末に妻と別れた京都大学で哲学を教えながら足繁く祇園に通い、最後は芸姑であった女性とともに生涯を終えた。こうした人生について知ると、パリで書き始められた『「いき」の構造』の味わいが一段と深いものに思われてくる。
 九鬼が提示した「「いき」の倫理」は、また「浮世の倫理」とも結びつけて考えられよう(橋本峰雄『「うき世」の思想』講談社、1975年)。浮世草子の大家、井原西鶴の場合、遊郭の「色」ととともに町人の「金」にも多くの関心が寄せられた。伝統的な宗教がいとうものをあえて肯定しつつ、庶民の目から社会的、絶対的限界の中を生きる人間を描いた。そこに近代的な倫理性に連なるヨコの連帯の契機もはらまれていた(高尾一彦『近世の庶民文化』岩波書店、1968年)。九鬼周造以後の近世文化論、近世思想論に照らして読み返すとき、本書はまた、現代日本の倫理性を振り返る新たな光源として輝きを増すことだろう。

 

HOME | 財団概要 | 道徳教育 | 生涯学習 | 表現教育 | 国際交流 | 研究助成
© Copyright 2004 公益財団法人 上廣倫理財団 All Right Reserved.